Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

  “上を下への”
 


 毎度お馴染み、ずんと時代を逆上っての大昔の京の都でも、まだまだ残暑厳しき真夏のお空には、雲ひとつなく。油を染ませたような弾けんばかりの力強い青が、思いっきりの斟酌なく塗りたくられており。そこへ反射されてのこの目映さかしらと、ついつい目許を眇めての、恨めしげに見上げてしまう陽の真下、


 「にゃあぁぁあぁぁーーーっっ!!!」


 いきなりの唐突に、高さも大きさも内容もとんでもないお声が上がり、屋敷の中にいた家人らがぎょっと身をすくめ。玄関先では玄関先で、

 「誰だ? ネコなぞ引っ張り込んだのは。」

 丁度 宮中へのご出仕から戻られたばかりのお館様こと、今世随一の能力者との誉れも高い、陰陽師にして神祗官補佐殿が。白いお顔をしかめると、怪訝そうに細い眉を顰めて、我が家であるあばら家屋敷をじぃと見据えてしまわれる。残暑もまだまだ厳しい折だってのに、夏向けので いいとはいえ、それなりの正装をしてのご出仕は、大層な格好を強いられるほど中身はないと見ていいという、それはそれは豪気な判断をしているお館様のその物差しで言えば。格好は二の次にしても…という、中身の詰まった大事な会議・会合であったらしく。秋に様々に催される祭礼や行事の段取りとか、“叙目
じもく”という任官に関わる手配への申し送りなどの色々々。後半はともかく前半の祭礼関係への式次第は神祗官が主役のお務めなだけに、失態があっての揚げ足取られたくなくば、一応の打ち合わせの一通りは頭へ刷り込んでおかねばならず。それでと、珍しくも遅刻もせずの早出にて宮中への参内に応じたものの、
『…ったく、あんの青んぶくれどもがっ。』
 相変わらずに他の公達たちのおっとり具合が腹に据え兼ねたらしく。進行がとろくて イライライライラ。案件一つ一つへの上げたり下ろしたりが回りくどくて イライラのイラ。そういえば…と話が逸れまくってのキリキリと、気が短い分だけ我慢も大変だったらしいお館様。

  ――― こやつらの相手を三日するくらいなら、
       邪妖に満たされた荒野を地平まで、
       驀進しての一息で征伐して収めよと命じられる方がマシ、と。

 いやホント真剣本気のマジでと、黒の侍従殿へしみじみ言ったというから…推して知るべし。

  ……… こちらもこちらで話が逸れましたな。

 そんな意味からの大変で気疲れしたお勤めから戻った矢先、鼻先にて上がった絶叫だ。
「ネコ…か?」
「じゃあないのか?」
 あの声だぜ?と目許を眇めた蛭魔へ、こちらさんもまた“う〜ん”と鋭角な目許を眇めたは、トカゲの邪妖一門を統べる総帥様にして、このお館様の式神様。つややかな黒髪に冴えた印象の風貌。屈強精悍な肢体は無駄なく引き絞られており、素手での格闘もこなすが、精霊刀をさばく姿もこれまた、大胆華麗にして野性味あふれた妙手でおわす、今や立派な右腕でもある御仁で、通り名を葉柱殿というお方。あくまでも“主従関係”でしかないとの仰せではあるが…どうでしょう? その辺。
(苦笑)
「ウチには くうがいるのだぞ? 滅多なことで犬だの猫だの上げるなと、雑仕にも牛飼いにもちびにも言ってあるのだが。」
 以前から時々お顔を出してた野良の仔猫も、巣立っての縄張りを他所に持ったか、姿を見せなくなったおりだったこともあり。まだまだ赤ちゃんだが一応は肉食獣の仔キツネくんだけに、そういう連中と顔を合わせての喧嘩になっては剣呑だからと、そういった小さいのも紛れ込めないよう、結界の種類を微妙に変えていた蛭魔であり。よって、誰ぞが連れ込まねば居合わせようはないのだがと、不審を感じつつのすたすたと、正面から上がっての広間まで、一気に真っ直ぐ上がってゆけば、

 「あっ、お師匠様っ!」

 今は御簾をからげた広間の濡れ縁へと立ち尽くしていた書生の坊やが。人の気配を察したか、はっとしてこちらへと向き直ると、おろおろしたままのすがるようなお顔になって駆け寄って来た。
「何があった。」
「それが…くうちゃんがっ。」
 うるうると今にも泣き出しそうになっているセナくんが、そうと言いつつ指さした先では、

 「〜〜〜〜〜。」
 「…くう?」

 板の間の広間の真ん中あたり。脚付きの膳を幾つか引っ繰り返してという散らかりようの中、横になって…というよりも、立っておれずのうずくまり、時折もんどり打ってはもがいている、小さな坊やがそこには居て。
「どうした? くう?」
 いつもなら誰より好き好きと飛びついてくる蛭魔が声をかけても、全くの全然気がつかないのか、
「〜〜〜〜〜っ。」
 それで何か掴めるのかと、大人から見れば奇跡なくらいに小さなお手々で、こちらもまた細っこい喉元を押さえては。かっかっかっと、しきりに空咳のような咳をしているばかり。

 「喉へ何か閊えさせたようだの。」

 気管に水が入って噎
せたのか、はたまた大きめの埃か魚の小骨か。中途半端に飲み下せないし吐き出せもせぬような格好で、喉の中途で引っ掛かっているらしく。自分で何とかしようともがいているが、一向に良くはならぬらしい。時折むずがっての、空を蹴ったりもがいたりと、幼いながらも暴れる様が、小さい仔のすることなので、何ともかんとも愛らしく映るものの。それだけ苦しいのだ可哀想にと思えば、早く何とかしてやりたいが、
「くう?」
 すぐの傍らへと膝をついての腰を下ろした蛭魔が、小さな肢体を抱え上げてやったのだけれど。
「にゃあぁぁ〜〜〜っ。」
 相手が誰だかも判らぬか、もがいて逃げようと暴れるばかり。それほどもの難儀だということか。
「ああこれ、口を開けよと言うに。」
「くうちゃん、聞こえてる?」
 文字通りのなりふり構わず、手だけでは足らぬか懸命に蹴りあげての足の爪先でも喉を掻こうとする幼子の様子から。ふと、周囲へ視線を流した蛭魔が気づいたのが、

 「こりゃあやはり、噎せたのではなく、魚の骨が喉に引っ掛かっておるのだ。」

 蹴飛ばされてか床へと吹っ飛ばされていたものの、何とかお皿に載っていた残骸から判断するに、喉に引っかけたのは、きっとおやつの一夜干し。
「じゃあ、飯を飲み込ませれば。」
 何とかなるぜと葉柱が安堵しつつ口にしたのは…人間だったらそれでもいいんですけれど、
「とはいうが、日頃からも飯は食わせとらんぞ?」
 肉食ですし、それを踏まえたご飯を食べさせてますからねぇ。
「じゃあ、饅頭はどうだ。」
 肉詰めのならおやつに食うておったろうがと提案すれば、
「いくらおばさんでもいきなり言われて出すのは難しいって。」
 一刻を争うに それでは間に合わぬと、やはり不可と見なされて。
「じゃあどうすんだっ。」
「怒鳴るなっ!」
「ああ、ダメですよう。お二人掛かりで怒鳴り合っちゃあ。」
 ひくりひくりと、揉めてる二人が怖くてしゃくり上げているのだか、それとも苦しくて引きつけを起こしているのだか。どっちにしたって可哀想な当事者を、揉め始めた二人の大人の間からセナが引き取れば、
「…わっ!」
 そんな彼の腕の中、それまでは何とか小さな男の子の姿を保っておったものが、とうとう気力も集中力も尽きたのか。
「…お。」
 ぽんっと空気がはぜての…次の瞬間、
「あらら…。」
 若緑の小袖に生成りの麻袴。甘い毛色の細い髪を束ね、すべすべのお肌の和子であったものが。あっと言う間の一瞬で、蜂蜜色の毛並みをした、普通一般の仔キツネの姿へと戻ってしまったものだから。

 「…これは重症だぞ。」
 「くうちゃんっ、しっかりしてっ!」
 「くうっ!」

 ああもう、だからよく咬んで食べなさいっていつも言っていたのにっ。
 そんなこと今更言っても始まらんだろうが。
 葉柱さんもいけないんですよう。
 何だ、俺もか?
 いつも小さくほぐしてやっての、手づから食べさせてたでしょう?
 ああ。
 あれだと自分で飲み込める大きさを把握できない子になるんですってば。
 貴様、そんなことをしてやがったか…っと。

 おろおろするばかりの家人らが、慌てふためきながらの取り巻く向こうから、
「何の騒ぎだ。」
 響きのいい、若い男性の声がした。顔を上げた蛭魔が相手を見極めて、
「おお、あぎょん。」
「…殺すぞ、てめぇ。」
 こんの修羅場にても人をおちょくれるとは余裕だのと、半ば呆れつつも…逼迫している大人二人が覗き込んでいた間を割って入ると。縄のように綯った髪を、今日はうなじで軽く束ねた恰好の、蛇の邪妖のお兄様。小さな仔キツネくんを抱えている書生くんのお膝を、あとの二人と同様、板の間へ片膝ついての覗き込み、
「苦しい患部だからだろうな、口を開けぬのだ。」
 野生の性
さがが出ての自己防衛。こうまで苦しくとも、いやさ苦しいからこそ、弱みを晒せぬと。何かを喉に閊えさせているらしいのだが、頑なにこちらの声を聞かぬ彼であるということ、蛭魔が直々に説明すれば、

 「何だそんなことか。」
 「………あ?」

 何とも拍子抜けしたぞと言わんばかりの、軽いことのように言い返して来た彼なのへ。場合が場合だったせいもあり、

 ―― 何だ貴様、この修羅場を愚弄するか。
    お館様、修羅場を褒められても問題があると思いますが。

 八つ当たりも大いに含んでの、話が逸れたまま怒り出した蛭魔を、セナが“まあまあ”といなしての押さえ込み。そんな流れへと場の空気がなだれ込んだことをも物ともせずに、蛇の邪妖の大将、作務衣の懐ろへ大振りの手を突っ込むと、
「ちょいとごめん。」
 毛皮姿で、言って見りゃ裸ん坊の仔ギツネのくうを、ひょいとセナの手元から取り上げて、
「ほれ、これなら食えようが。」
 口元へその手を寄せたところが、

 「〜〜〜っ☆」

 短い鼻先に寄せられたことでまずは匂いに反応し…それからが早かった。ぱっちりと瞳を見開くと、あ〜ん・ぱくりっと手妻の素早さで、差し出された何物か、大きな手ごと両手で捕まえての、口に掻っ込んでのあぐあぐと、やや荒っぽい咬み方の末にごくりと飲んで、

 「おーしーっvvvv」

 瞳に星が飛ぶほど美味しかったそうです、皆様方。あ〜れ〜ほ〜ど苦しそうにしていたものが、打って変わってのけろりと収まったそのまま。寸の詰まった仔キツネのお顔をほころばせ。花火みたいな ぽぽんっという音と弾けて、あっと言う間に…今度は人間の坊やの姿へ立ち戻る。
「あぎょん、あぎょん、もっと食べゆ♪」
 すっかり懐いたお兄さんの襟を揺すぶってまでのおねだりへ、
「へいへい、あんまり持ち合わせちゃいねぇがの。」
 こちらさんもまた、しょうがねぇなと言うその割には楽しそうに応じてやり。懐ろから取り出したのが…油紙に包まれた何かしらの塊だ。
「…何だ? そりゃ。」
 怪訝そうに眉を寄せた蛭魔へ、ほれと差し出して見せ、

  「醍醐、のちの世の“酪”というか、平たくいやチーズだよ。」

 厳密に言うと醍醐はバターのことだったそうですが、酥
(そ)という牛やヤギの乳を形となるほど固まらせた物を言い、
「あ、そうか。」
 独特の匂いへお顔をちょこっとしかめた蛭魔が、だが成程なあと納得したのは、そういう食べ物があること、彼もまた知識では知っていたからで。
「動物性の乳だったら、くうには文句なしの御馳走だ。」
 しかも、程よく形のある“固形食”でありながら柔らかいものだから、粗く咬んでの飲み込ませれば、喉に引っ掛かっていた小骨を取るのには打ってつけ。
「これで最後、もうないぞ。」
「うんっvv」
 お屋敷の結界の関係で、ふわふかお耳とくりんくりんと表情豊かに踊る尻尾は隠せないまま。それは愛らしい天狐の原型が残りし幼子に懐かれて、さくらんぼのようなお口へと、指先に摘まんだ醍醐のひとかけ、ほれと含ませてやったれば、
「うふふぅvv」
 美味しいし嬉しいという満面の笑みにて、頬張ったひとかけを うにむにと咀嚼しているくうちゃんはいいとして、
「すまぬな、珍しいもんだろに。」
 いくら力のある邪妖でも、熟成という作業工程を挟む特殊なもの、術で瞬時に作っての取り出せるものではなかろうから。お使いものではないのかと、それをこっちへ融通させたの、礼を兼ねての詫びかかったところが、

 「…ああ。いや別に、構わんさ。」

 おやや? 何だかちょこっと、この自信家のお兄さんにしては珍しくも。言葉の歯切れが悪いような。
“おいおい、まさか…。”
 盗んで来たものだったとか? それも、他の神様の社からとか?
“…じゃなくってだな。”
 筆者の邪念へこそ苦笑をしたお館様。
(いやん) 片腕での余裕で懐ろへと抱え上げたる、小さな小さな仔ギツネ坊やのふわふかな頬を、骨太な指の先でちょいちょいとつついてやっている、こちらさんも精悍なお兄さんをこそ、微笑ましげに盗み見る。そう、もしかしてこの阿含さん。
“大和の国ではまだまだ珍しいものだってのにな。”
 もしかして…仔ギツネちゃんへの贈り物にと携えて来たのかも? じゃらされて“にゃは〜っ”と微笑っているお顔は、完全に復調しましたと言わんばかりの満面の笑み。

  “これって…朽葉や玉藻さんへも知らせといた方がいいのかね?”

 とんでもない存在から気に入られている皇子様、天世界では禁忌関係ではないのかねと、珍しくも案じてしまったうら若いお館様。とんだ大騒ぎの、これまたとんだ収拾に、何だかなぁとの苦笑が止まらぬ、葉月も末の昼下がりでございます。




  〜Fine〜 07.8.26.


 *何だか異様にバタバタした代物ですね、すいません。
  つか、もっと短くあっさりと、
  ギャグ展開で運ぶつもりでいたのですが。
  とりあえず、くうちゃんはまだまだお元気だということで。
(笑)

  めーるふぉーむvv めるふぉ 置きましたvv お気軽にvv

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